部活時代 その2

では、その“コーチャー”って代物は一体どんなものだったのか?
これは、これを読んでくれている皆さんもご存知だと思います
(モンブランという会社から発売されてました)

まず、アッパー(ソールを除いた上の部分)は布製です。
ソール(底)は柔らかいゴム。
スタッドらしきものはほぼなく、ウェイヴィーとでも言いましょうか、
優雅な波型の様な窪みが全体的に入っていたかと思います。色は諸説ありますが、
僕らの中学は全員黒オンリーでした。ラインはホワイトで3本(だったような・・・)。

これで、練習(永遠と続くランニング、ダッシュ、筋トレ)をこなす訳です。
とにかく、量だけは多いです。靴底はすぐに磨り減ってしまいます。
磨り減った靴裏はどうなるか?もう、ウェイヴィーのウェの字が無いほどに平らです。
ダッシュ&ターンをしようものなら、止まる気のある体に対して、止める気の無い靴底が
ズリズリと滑り、慣性の法則を身を持って体験させてくれる訳です。
しかし、そんなことはいい訳になりません。だって同級生も全員、同じコーチャー着用ですから。

僕らの代のサッカー部員は最初20数人いました。
練習の締めは、ほぼ毎日「一抜けダッシュ」です。
ビリの奴が自分以外の20数人に負けて、ラスト一人になった時に先輩と競争です。
クタクタでヘロヘロの20数本ダッシュした学年で一番足の遅い奴と、
その間スタートと言いながら手を叩いていた休養充分の先輩がラストで対決です。
勝負の行方を占う必要なんぞありません。
だって、この気が良くて力持ちの鈍足男はこの練習が始まる前に心が折れてます。

予想しなくても先輩の圧勝。
「はい、一年全員戻ってー。一抜けダッシュやり直しー。」

まだ前半で抜けられる奴は良い。しかし、気が良くて力持ちは・・・。
永遠に続いちゃうじゃん!なんて思った方、ご安心を。
この練習がいつ終るかって?それはその先輩が飽きた時か、僕らにカッコつけたいという
衝動に駆られた時に「まぁ、今日はこの辺にしとこうぜ!」なんて口走る訳です。

何だったんでしょうか?あの時代って?

そんな残念なサッカー部にも、僕らの入学と同時に正式な顧問が現れます。
しかも、大学でもサッカー部に所属していた新卒一年目、体力バリバリの先生です。

早々に辞任してしまった阿部総理とは間逆で、凛々しく憲法改正ばりに、
サッカー部ルールを改正して行く姿は、僕らには眩しく、そのルールの下で
2年生・3年生になった先輩からは鬱陶しく見えたはずです。

その先生は夏休み前の最後の練習で
「夏休みから一年生もストッキング履いてこい」とブチ上げました。
ざわめく先輩連中。
その手前、嬉しくても声に出せない僕たち。
まだ校内暴力の季節が完全に過ぎ去ってない時代。
何が起こるのか?
その日の晩飯とテレビの事ぐらいしか悩みの無かった僕らは、真剣に悩みます。

その悩みは練習後、着替えの時に更に深いものになってゆく訳です。 (つづく)

©175cm/83kg

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コメント(1)

モスクワの鷹 :

30年前にサッカー部で部活してました。コーチャー!そう、みんなこれでした。
そうじゃないと仲間はずれみたいな。でも本当に良く消耗してくれて(特にインフロントの内側ね)、だけど親はすぐに新しいものを買ってくれませんでした。実は初めて買ってもらったスパイクがヤスダのダイナミックイレブンで(ポイント式のやつね)、ようやくゴール裏の玉拾いから脱して、中学2年生の新人戦の試合で初めて使わせてもらいました。でもポイント式は磨り減り過ぎるとポイントがななめに切れて、取れなくなるんですよね...。ヤスダの復活、応援しています。

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このページは、2007年11月 6日に書いたブログ記事です。

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